大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4099号 判決

原告

篠田英悟

右訴訟代理人

花井忠

外二名

被告

三菱重工業株式会社

右代表者

古賀繁一

右訴訟代理人

仁科康

外一名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告)

被告は原告に対し、別紙目録記載の各土地(以下「本件土地」という)について長崎地方法務局昭和四七年一月二〇日受付第一七四六号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、本案前の申立

主文と同旨。

二、本案についての答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

(原告)

請求原因

1  訴外昭和重工株式会社(以下「訴外会社」という)は、長崎地方裁判所によつて昭和二九年破産宣告を受け、昭和三三年三月一一日破産債権者との間に強制和議が成立したが、その後昭和四六年九月一三日午前一〇時強制和議取消しにより再施破産を宣告せられ現在破産手続中である。

2  原告は、昭和四三年一二月二九日から昭和四六年六月二九日まで訴外会社の代表取締役であつたが、この間の同会社に対する未収報酬につき破産債権としての届出を完了している。

3  ところで本件土地は訴外会社の所有であつて再施破産当時において金一〇億円を下らない、訴外会社にとつて唯一絶対の財産であつたところ、訴外会社は昭和四五年一二月二八日同土地を形式上許享洙(以下「許」という)に売却したことにし、昭和四六年一月一九日付で所有権移転登記を経由していたところ、被告は許から昭和四七年一月八日同土地を買い受け同月二〇日付で請求の趣旨記載の登記を経由している。

4  しかし本件土地については昭和四六年一月一四日破産法第一五五条による破産財団保全の仮処分登記が経由されているから、前記の許への所有権移転登記は右に抵触するものである。また本件土地は破産財団に属するものというべきところ、許から被告への売買は破産管財人の関与なしになされたものであるから、右は破産法第七条に違反する無効な行為であり、被告への所有権移転登記は無効である。

5  ところが破産管財人は、本件土地につき破産法第一八五条の占有管理手続をなさず、また、原告が右手続を要求したにもかかわらずこれに応じようとせず、また破産裁判所も監督権を発動しようとしないので、結局破産管財人は本件土地につき管理処分権を放棄し、これを破産財団に組み入れる手続を取らなかつたものである。

6  よつて原告は、破産債権者たる資格において、債務者=破産者とは別個の法人格者としての破産財団に代位して、本件土地所有権に基づき被告に対し請求の趣旨記載の登記の抹消登記手続を求める。

(被告)

一、本案前の主張

木件訴訟の目的物は原告主張によれば破産財団に属すべきものということになるところ、破産財団に関する訴訟は破産管財人にその追行権が専属しているから、破産債権者である原告は当事者適格を有しない。

すなわち、破産財団に関する訴訟は、破産管財人が当事者となる旨法定されており、破産者は破産財団に関する訴訟追行権を含め、破産財団に属する財産の管理処分権限を剥奪されているのであるから、破産債権者たる原告が代位行使すべき破産者の権利は存在しない。このように破産財団に属する財産の管理処分権限を破産管財人に専属させたのは一面破産者の自由な財産整理を禁止し、他面破産債権者の個々の利害関係よりする恣意的行動を阻止し、その財産整理を、公正なる裁判所の監督下の破産管財人による破産手続に従つた管理処分に委ね、もつて破産手続を統一的に遂行せしめようとするところにその法意がある。したがつて、原告主張のような本件訴訟は右法意にもとり、許されないものというべきである。

二、請求原因と対する認否

1 請求原因1項の事実は認める。

2 同2項の事実は不知

3 同3項の事実のうち、その主張のような登記があることは認め、その余は不知。

4 同4項の事実のうち、移転登記が無効であるとの点は否認し、その余は認める。

5 同5項の事実は不知。

6 同6項は争う。

三、抗弁

1 被告は、昭和四七年五月八日、同日付で破産裁判所たる長崎地方裁判所より任意売却許可を得た破産管財人から本件土地を買い受け、同月一〇日代金を完済してその所有権を取得した。従つて請求の趣旨記載の登記は現在の被告の所有権を公示するものとして有効である。また、被告は昭和四七年九月一九日、請求原因4項記載の仮登記の抹消登記を得た。

2 右により、破産者ないし破産財団は、被告に対し本件土地返還請求権を有しないから、原告が代位行使すべき権利は存しない。

3 債務者たる破産者=破産財団の法定代理人である破産管財人は本件土地の所有権を行使して被告に対する売渡処分をしており、債務者は権利行使を怠つているといえない。

4 原告は許への売買は保全処分に違反している旨主張するが、右売買をなしたのは訴外会社の代表取締役であつた原告自身である。自ら保全処分に違反して本件土地を売却しておきながら、その違反を理由に無効を主張するのは著しく信義誠実の原則に反し、許されない。

(原告)

一、本案前の主張につき

被告の主張は争う。

憲法第三二条は「何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と規定し、最高裁判所判例は、右法条につき「訴訟の当事者が訴訟の目的たる権利関係につき裁判所の判断を求める法律上の利益を有することを前提として本案の裁判を受ける権利を保障したものである」と判示している(最判昭三五・一二・七)。原告は本訴につき右にいう法律上の利益を有する。

すなわち、本件再施破産は、被告が訴外会社所有の本件土地を取得せんと企図して訴外会社を強制和議取消し再施破産に追い込み、破産管財人と結託し最低価格をもつて本件土地を買得し、債権者に対しては一部配当に了らしめ、以つて訴外会社をして破産解散の結果において破産手続を終結せしめんとする政略破産であるところ、原告は元訴外会社の代表取締役であつた責務上、破産債権者に対する満足な債務の履行と破産廃止による訴外会社の復活再建を一生の念願としているのであり、右のため訴外会社にとり唯一の財産というべき本件土地を破産財団として破産債権者ないし破産者の利益のために確保する必要がある。右が原告が本件訴を提起するにつき本案についての判断を求める法律上の利益である。

そして、本件においては、本件土地が破産財団に属するにもかかわらず、破産管財人は、右土地につき破産法第一八五条による占有管理に着手せず、従つて右を前提とする同法第七条の管理処分権を有しない訳であり、破産管財人は同法第一六二条の当事者適格を有しない。また原告は破産管財人に対し、右占有管理手続をとるよう要請し、破産裁判所に対し、同法第一六一条による監督権発動を申し入れたが両者ともこれに応ぜず、破産管財人は本件土地に対する管理処分権を放棄したものである。

従つて、破産管財人がその管理処分権を放棄した以上、破産者および破産債権者の利益を保護するため、破産債権者が民法第四二三条を適用して、債務者=破産者とは別個の法人格者である破産財団に代位して独立の当事者適格者として、破産財団の財産の保全行為を目的とした訴訟を提起するのは憲法第三二条によつて保障された権利というべきである。またそれによつて代位行使するのは、本件土地についての被告の登記名義を抹消して破産財団=破産管財人の管理に移行せしめる行為のみで、それ以後の手続に関与するものではないから、破産管財人の管理処分権に抵触するものでもなく、破産法の禁止するところではない。

二、抗弁に対する認否

1 抗弁1項の事実中、任意売却許可と売買の事実は認め、登記は有効との主張は争う。

2 同2項の事実は否認する。

3 同3項は争う。

4 同4項の信義則違反との主張は争う。

三、再抗弁

1 破産管財人より被告への売買は、本件土地を許から被告へ売却後に同一土地を同一人に二重売りしたもので、これの所有権移転登記をすることができず従つて何人に対しても対抗できない。

2 被告と破産管財人との間に行なわれた売買は無効である。

すなわち、被告は許から本件土地を買い受けてその旨登記しているのであるから、この売買契約を取消し破産法上本件土地が破産管財人の占有管理に移行しなければ、仮に被告の本件土地の所有が保全処分に違反して無効であるとしても、それは破産債権者に対してのみの相対的無効であるから、破産管財人としても、破産法第一八五条によつて被告・許間の法律行為の無効を追求し、本件土地を破産財団として占有管理しなければ、これを処分する権限はない。従つて、処分権限のない破産管財人を相手として契約しても、被告は自己の所有物件を自己が買受けるという法律上の矛盾を治癒することは出来ず、かえつて、本件土地の破産管財人との間の売買契約は、この矛盾を処分権限のない破産管財人を介して破産法上の有効性を偽装しただけで、右は、被告が本件土地を取得せんとしてなした計画的暴力行為であり、民法第九〇条の公序良俗違反の法律行為、意思表示をなす真意なく他の法律効果を目的として相手方と通じてなした虚偽表示として同法第九四条、更に破産法の強行規定を回避した脱法的な意思表示として民法第九一条にも該当する無効な契約である。

(被告)

再抗弁に対する認否

再抗弁事実は争う。

第三 証拠〈略〉

理由

一本案前の主張について

1  原告は、自己に当事者適格がある理由として、憲法第三二条をあげ、何人も法律上の利益があるときは本案につき裁判を求める権利を保障されているところ、原告は右利益を有している旨主張する。

しかし、本件訴訟の目的たる権利関係は、訴外会社(あるいは原告のいう破産財団)と被告との間に登記抹消を求めるう権利関係があるか否かということであり、右につき訴訟の当事者として裁判所の判断を求める法律上の利益を有するのは、右権利義務の主体のみであり、他の第三者はこれを有しないのが原則である。従つて、右の権利関係につき第三者である原告には、本来右の法律上の利益はないのであるが、ただ原告が訴外会社の債権者であるところから、その債権者として一般的に債権者代位権を行使して適格者となり得る利益が民法により認められているに過ぎない。すなわち、原告の有する右利益は法律により特別に付与されたものたるにとどまり、従つて他の法令との関係上右代位権行使が許されないとしても、原告が前記憲法上の保障を奪われたとすることはできないものである。ところで本件では、原告主張によれば、訴外会社は現在破産手継続行中であり、また、本件土地は破産財団に属すると解されるところ、この場合、破産者たる訴外会社は破産法によりその財団の管理処分権を認められず、同法第七条により破産管財人のみが管理処分権を有するとされている。これは、破産が個別執行と異なる一般執行であることから、一面破産者の自由な財産整理を禁止して破産管財人の公正妥当な整理にこれを一任しようとする趣旨であると同時に、他面、破産財団に対する財産の整理については破産管財人のみにこれを帰一してすべて破産手続によつてのみ行なわしめるため、破産債権者が破産手続によらないでこれに介入することも禁止する趣旨と解される。してみれば、破産手続続行中は、たとい原告主張のような事情があるとしても、原告が民法上の債権者代位権を行使することは許されないものと解するのが相当であり、原告は、本件につき本案裁判を求める法律上の利益を有しないものというべきである。

2  また原告は、自己に当事者適格がある理由として、本件土地につき破産管財人がその管理処分権を放棄したことを主張する。しかし、破産管財人は、破産法上、その資格において、本来破産財団に属すべき権利については現実の占有管理手続履行の有無にかかわりなく、すべてその管理処分権を有するものと解されるから、法によつて同人に付与された管理処分権を放棄するということは法律上許されないことであり、ただありうるのは、その不行使という事態のみである。そして、右不行使により破産手続の公正な実行が害されたとしても、右はそれにより生じた破産債権者らの損害につき、破産管財人に故意過失あることを前提として、同人が各個別に損失者に対し損害賠償責任を負担することは格別、それ故に原告主張のような債権者代位権の行使が許されるという根拠を見い出し得ない。

3  そうだとすれば、いずれにしても原告は、本訴を提起する当事者適格を有しないものというべきである。

二よつて、原告の本訴請求は不適法であるから、その余の点につき判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決した。

(藤井俊彦 佐藤歳二 清水篤)

目録〈省略〉

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